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談 no.118

成熟の年齢

談 no.118

文化、芸術、思想、科学などについて各界気鋭の論壇を招き、深く掘り下げるワンテーマ誌。

著者 公益財団法人 たばこ総合研究センター
シリーズ
出版年月日 2020/08/28
ISBN 9784880654898
判型・ページ数 並製90ページ
定価 880円(本体800円+税)
在庫 在庫あり
 

内容説明

 ある日気がついたら、前より少し大人になっていたという経験は、誰にもあるだろう。愛したり愛されたり、傷つけたり傷つけられたり、助けたり助けられたり…。そういうごく当たり前の人生を淡々と送っている間にいつのまにか身についた経験知・実践知の厚みや深み。私たちはそれを「成熟」という言葉で指し示しているのだ(内田樹)。マニュアルもロードマップもなしに進み続けることで自然に得られる知。あらためて人間における「成熟」の意味を、人類学、霊長類学、哲学、社会学などから考察する。シリーズ企画人間後の「人間の条件」の第1回。

*特集タイトルは、文化人類学者ミシェル・レリスの自伝的エッセーから拝借した。

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目次

・〈成熟とは何か〉
「〈困難な成熟〉を超えて…市民的成熟を達成するために今できること」
内田樹(神戸女学院大学名誉教授。専門は、フランス現代思想、武道論、教育論、映画論)

成熟というプロセスは「それまでそんなふうに見たことのない仕方でものごとを見るようになった」「それまで、そんなものがこの世に存在するとは知らなかったものを認識した」という形をとる。武道の場合は、術技の上達というのは、たとえば「自分の身体にそんな部位があると知らなかった部位を意識できるようになり、操作できるようになっていることに気づく」という形をとる。人間的成熟も武道的上達と同じような力動的なプロセスをたどるという。成熟は、またその増減をはかることはできない。「自分はどれだけ成熟したかのか」を自己点検することはできないのだ。成熟したかを自己点検できるということは、成熟するとは何であるかを成熟するに先立って既に知っていることになるからである。
成熟は時間がかかるし、それだけの身銭を切らないと身につかない。そもそも「早く成熟する」ことに価値があるわけではない。成熟には、ある種の困難さがつきまとう。だが、それこそが成熟というものの本質でもあるのだ。あえて困難な成熟の道を選ぶこと。それはいかにして可能か。

・〈進化と成熟〉
「ヒトの成熟 〈共感〉から考える」
長谷川眞理子(総合研究大学院学長。専門は、自然人類学、行動生物学)

ヒトが長い時間をかけて進化させてきた「共感」。だが、今その能力に異変が起きているという。進化のかげで急速に衰えつつある「共感」について、生きものの成熟過程をたどることから、あらためて「共感」という能力を考える。

・〈成熟の人類学〉
「人間の〈外から〉「成熟を生きる」を見つめる……マルチスピーシーズ民族誌/人類学の射程」
奥野克巳(立教大学異文化コミュニケーション学部異文化コミュニケーション学科教授。専門は文化人類学)

マルチスピーシーズ民族誌/人類学は、人間と人間以外の存在という二元論の土台のうえで繰り広げられる、人間と特定の他種との二者間の関係ではなく、人間を含む複数種の3+n者の「絡まりあい」と共に、複数種が「共に生きる」ことを強調する。他種を単なる象徴、資源、人間の暮らしの背景と見ることを超えて、種間および複数種間で構成される経験世界や存在様式、他の生物種の生物文化的条件に関する分厚い記述を目指しているという。マルチスピーシーズ民族誌/人類学は、人間を静的な「人間-存在(human beings)」ではなく、動的な「人間-生成(human becomings)」と捉える。人間は、身体外部の環境の中の種を体内に取り込みながら生命をつなぐだけでなく、身体内部に住む一千兆個に及ぶとされるヒト常在細菌の複数のコミュニティーとのマルチスピーシーズ的な関係のなかで生きる人間-生成と捉え直されるべきかもしれない。あらゆる生命はまた、複数種との関係だけでなく、非生命との絡みあいのなかにも生きている。マルチスピーシーズ研究は、すでに石と人との関係をも研究の俎上に載せてきており、研究対象をモノやコトなどを含む、非生命にまで拡張する兆しも見えてきた。人間、動物、病原体、さらにはモノが絡まりあって入り乱れ、死が生を支え、生はいつの間にか死を生むという、常ならざる人間以上、人間以降の世界の根源的な探究が今まさに始まろうとしている。人間以上、人間以降において「成熟」とは何を意味するのか。人間の「外から」、あらためて「成熟を生きる」意味を考える。

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